【全文文字起こし】イチローの引退会見で感じたこと~トレーダー目線から~

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皆さん、こんにちは。たかさんまです。

今日は、一人のトレーダーである私が、イチローの引退会見を拝見して感じてことを述べてみたいと思います。

大変に時間と手間がかかったのですが、全文を文字起こししました。

そのうち、イチローの引退会見がネット上から削除される恐れもあることですから、いい機会と捉えたんですよね。

かなりの長文になりますことをご了承願います。

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イチローの引退会見で感じたこと まずは動画から 【THE PAGEさんより】

イチローの引退会見を見たことのない人のために、まずは動画を掲載しておきますね。

見たことがある人も、この機会にもう一度ご覧いただければと思います。

次に、この引退会見の全文を文字起こししてみますね。

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イチローの引退会見 全文文字起こし

【イチロー】こんなにいるの!?びっくりするわ。そうですか。いやー、この遅い時間にお集まりいただいてありがとうございます。

今日のゲームを最後に日本で9年、アメリカで19年目に突入したところだったんですけども、現役生活に終止符を打ち、引退することとなりました。最後にこのユニホームを着てこの日を迎えられたこと、大変幸せに感じています。

この28年を振り返るにはあまりにも長い時間だったので、ここでひとつひとつ振り返るのは難しいというのもあって、ここではこれまで応援していただいた方々への感謝の思い、そして球団関係者・チームメイトに感謝を申し上げて、皆様からの質問があれば出来る限りお答えしたいと思っています。

(記者)現役としての選手生活に終止符を打つことを決めたタイミング、そしてその理由をお聞かせください。

【イチロー】タイミングはキャンプ終盤ですね。日本に戻ってくる何日前ですかね。何日前とははっきりとお伝えできないですけど、終盤に入った時です。

もともと日本でプレーする、今回東京ドームでプレーするところまでが契約上の予定だったということであったんですけど、キャンプ終盤でも結果を出せずに、それを覆すことができなかったということですね。

(記者)今、その決断に後悔や思い残したところはないでしょうか。

【イチロー】今日の球場での出来事、あんなもの見せられたら後悔などあろうはずがありません。

もちろん、もっとできたことはあると思いますけど、結果を残すために自分なりに重ねてきたこと、他人よりも頑張ったということはとても言えないですけど、自分なりに頑張ってきたとははっきりと言えるので。これを重ねてきて、重ねることでしか後悔を生まないということはできないのではないかなと思います。

(記者)本当に今まで数多くの感動、そして夢ありがとうございます。今テレビを通じて数多くの子供たちが見てると思います。これから野球を始める子もいると思います。そんな子供たちに是非メッセージをお願いします。

【イチロー】シンプルだなぁ。メッセージかぁ‥‥‥苦手なのだな僕が。

まぁ野球だけでなくてもいいんですよね、始めるものは。自分が熱中できるもの、夢中になれるものを見つけられれば、それに向かってエネルギーを注げるので、そういうものを早く見つけて欲しいなと思います。

それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁も、壁に向かっていけることが‥‥‥向かうことができると思うんですね。それが見つけられないと壁が出てくると諦めてしまう。ということがあると思うので、いろんなことにトライして、自分に向くか向かないかというよりも、自分が好きなものを見つけて欲しいなという風に思います。

(記者)イチロー選手が熱中されてきた今で28年。あまりにも長かったって仰ってましたけど、1992年に1軍デビューされてこれまで今これを伺うのは酷かもわかりませんけど、今フッと思い返してこのシーンが印象に残っているというもの。ぜひ教えていただければ、お願いします。

【イチロー】うーん‥‥‥今日を除いてですよね。

(記者)はい。

【イチロー】この後時間が経ったら、今日が一番真っ先に浮かぶ‥‥‥今日のことが浮かぶことが間違いないと思います。

ただそれを除くとすれば、色々な記録に立ち向かってきたんですけど、そういうものはなんか大したことではないというか。自分にとってそれを目指してやってきたんですけど、いずれそれは僕ら後輩が先輩たちの記録を抜いていくというのは、しなくてはいけないことでもあるとは思うんですけども。

そのことにそれほど大きな意味はないというか、そんな風にあの今日の瞬間、なんかこう体験するとすごく小さく見えてしまうんですよね。その点で、えーまぁ例えば、分かりやすい10年200本続けてきたこととか、MVPをとったとか、オールスターでどうたら、とかっていうことはほんと小さなことに過ぎないという風に思います。

で、今日のこの‥‥‥うーん‥‥‥あの舞台を、あの舞台に立てたことというのは、去年の5月以降、ゲームに出られない状況になって、そのあともチームと一緒に練習を続けてきたわけですけど、それを最後まで成し遂げる‥‥‥成し遂げられなければ今日のこの日はなかったと思うんですよね。

今まで残してきた記録はいずれ誰かが抜いていくと思うんですけれども、去年の5月からシーズン最後の日まで。あの日々はひょっとしたら誰にもできないことかもしれないという風な、ささやかな誇りを生んだ日々であったんですね。

だからそのことが去年の話ですから、近いということもあるんですけど、どの記録よりも自分の中では、ほんの少しだけ誇りを持てたことかなという風に思います。

(記者)先ほどたくさんのファンに支えられてという風に、イチロー選手自身仰っていましたけれども、今日もイチ・メーターで知られるエイミーさん、ライトスタンドでイチロー選手のこと見守っていましたけれども、どんなチームでもどんな状況でもずっと応援してくれたファンの存在、イチロー選手にとっていかがでしょうか。

【イチロー】ゲーム後にあんなことが起こるとはとても想像してなかったですけど、実際にそれが起きて、19年目のシーズンをアメリカで迎えていたんですけれども、なかなかその日本のファンの方の熱量っていうのは普段感じることが難しいんですね。

でも久しぶりにこうやって東京ドームに来て、で、ゲームは静かに、基本的には静かに進んでいくんですけど、なんとなく印象として日本の方っていうのは、表現することが苦手っていうか。そんな印象があったんですけれども、それは完全に覆りましたね。

その内側に持っている熱い思いが、確実にそこにあるということ。で、それを表現した時のその迫力というモノは、とても今まで想像できなかったことです。

ですから、これは特別な、最も特別な瞬間になりますけど、あるときまでは自分のためにプレーすることがチームのためにもなるし、見てくれてる人も喜んでくれるかなぁという風に思っていたんですけれど、ニューヨークに行ってぐらい、行った後ぐらいからですかね‥‥‥人に喜んでもらえることが一番の喜びに変わってきたんですね。

その点で、ファンの方々の存在なくしては、自分のエネルギーはもう全く生まれないと言ってもいいと思います。

‥‥‥え?おかしなこと言ってます?僕?大丈夫ですか?

(記者)イチロー選手お疲れさまでした。イチロー選手が貫いたもの、貫けたもの、何でしょう。

イチロー選手)まぁ、「野球のことを愛したこと」だと思います。これは変わることはなかったですね。

‥‥‥おかしなこと言ってます?僕?大丈夫?

(記者)グリフィーが「肩の力を抜いたとき、肩のモノを下したとき違う野球が見えて、また楽しくなる」と言う話をされたんですけれども、そういう瞬間っていうのはあったんでしょうか?そういう野球が変わるというか、自分の捉え方‥‥‥

【イチロー】プロ野球生活の中でですか?

(記者)はい。

【イチロー】ないですね。これはないです。

ただ、まぁ子供のころからプロ野球選手になることが夢で。それが叶って。最初のどうですかね、まぁ最初の2年。18、19の頃は、まぁ1軍に行ったり来たり‥‥‥行ったり来たりっておかしい?行ったり‥‥‥?行かなかったり‥‥‥?え?行ったり来たりっていつもいるみたいな感じだね。

あれ?どうやって言ったらいいんだ?1軍を行ったり、2軍に行ったり?そうか。それが正しいか。そういう状態で、やってる野球は結構楽しかったんですよ。94年、これが3年目ですね。

仰木監督と出会って、まぁレギュラーで初めて使っていただいたわけですけれども、この年まででしたね。楽しかったのは。

あとはなんかねぇ、その頃から急に番付あげられちゃって、一気に。ずっと、それは、それは、しんどかったです。やっぱり力以上の評価をされるというのは、とても苦しいですよね。

だからそこからはね、もう純粋に楽しいなんていうことは、もちろんやりがいがあって、達成感を味わうこと、満足感を味わうことはたくさんありました。ただじゃあ、楽しいかっていうとそれとは違うんですよね。

でも、そういう時間を過ごしてきて、将来はまた楽しい野球がやりたいなという風に、これは皮肉なもので、プロ野球選手になりたいという夢が叶った後は、そうじゃない野球をまた夢見ている自分が、まぁあるときから存在したんですね。

でもこれは中途半端にプロ野球生活を過ごした人間には恐らく待っていないもの、趣味で野球を、例えば草野球ですよね。草野球に対して、やっぱりプロ野球でそれなりに苦しんだ人間でないと、草野球を楽しむことは出来ないのではないかという風に思っているので、これからはそんな野球を、やってみたいなぁという風な思いですね。

おかしなこと言ってます?僕?大丈夫?

(記者)イチロー選手、お疲れさまでした。この開幕シリーズをイチロー選手、大きなギフトと仰ってました。今回私たちの方が大きなギフトを貰ったような気持ちでいるんです。

【イチロー】そんなアナウンサーっぽいこと言わないでくださいよ。

(記者)でもイチロー選手、またこれからどんなギフトを私たちにくださるんでしょうか?

【イチロー】ないですよそんなの。そんなの無茶言わないでくださいよ。

いやぁでも、ほんとにこれ大きなギフトで。去年3月の頭に、マリナーズからオファーをいただいて、からのここ‥‥‥今日までの流れがあるんですけれども、あそこで終わってても全然おかしくないですからね。

去年の春に終わっていても、全くおかしくない状況でしたから。もう‥‥‥今この状況がもう‥‥‥信じられないですよ。

あの時考えていたのは、自分がオフの間アメリカでプレイするために準備をする場所っていうのが、神戸の球場なんですけれども、そこで、寒い時期に練習するので、へこむんですよね。やっぱ心折れるんですよ。でもまぁそんな時もいつも仲間に支えられて、やってきたんですけど。

最後は今まで、自分なりに訓練を重ねてきたその神戸の球場で、ひっそりと、終わるのかなぁ‥‥‥っていう風に、あの当時想像していたので、もう夢みたいですよ、こんなの。これも大きなギフトです、僕にとっては。

だから質問に答えてないですけど、僕からのギフトなんてないです。

(記者)じゃあ今日あの、本当に涙がなく、むしろ笑顔が多いように見えたのはこの開幕シリーズが楽しかったということなんでしょうか?

【イチロー】えーっと‥‥‥これも純粋に楽しいということではないんですよね。やっぱり‥‥‥誰かの思いを背負うということはそれなりに重いことなので、そうやって一打席一打席立つことって、まぁ簡単ではないんですね。

だからまぁ、すごく疲れました。で、やっぱり一本ヒット打ちたかったし、応えたいってまぁ当然ですよね、それは。僕にも、感情がないって思っている人いるみたいですけど、あるんですよ。意外とあるんですよ。

だから、結果残して、最後迎えたら一番いいなと思っていたんですけど、それは叶わずで。それでもあんな風に、球場に残ってくれて‥‥‥まぁ、そうしないですけど、「死んでもいい」という気持ちはこういうことなんだろうなって思います。死なないですけど。そういう表現をするときってこういう時なのかなっていう風に思います。

(記者)お疲れさまでした。常々最低50歳までは現役と仰っていたという風に思うんですが、日本のプロ野球にもう一度戻ってきてプレイをするって選択肢はイチローさんにはなかったんでしょうか。

【イチロー】なかったですね。

(記者)どうしてでしょうか?

【イチロー】それはここで言えないなぁ。ただね、50まで確かに、最低50までって本当に思ってたし、まぁでもそれは叶わずで、まぁ「有言不実行の男」になってしまったわけですけど、まぁでもその表現をしてこなかったら、ここまで出来なかったかもなという思いもあります。

だから「言葉にすること」。難しいかもしれないけど言葉にして表現することっていうのは、目標に近づく一つの方法ではないかなという風に思っています。

(記者)これまで膨大な時間を野球に費やしてこられたと思うんですけれども、これからそういう膨大な時間とどういう風にお付き合いされていきますでしょうか。

【イチロー】え?これからの膨大な時間ということですか?それともこれまでの膨大な時間とどう向き合うかですか?

(記者)これから野球に費やしてきた時間、それがあの、まぁ空くという前提で‥‥‥どうされていくのかな。という‥‥‥

【イチロー】まぁ、ちょっと今はわからないですねぇ。でも多分明日もトレーニングはしてますよ。うん、それは変わらないでしょ。僕じっとしていられないから、それは動き回ってるでしょうね。

だからなんか、ゆっくりしたいとか全然ないんすよ。全然ないです。多分動き回ってます。うん。

(記者)メジャーリーグでもご活躍されまして、日本人としてイチロー選手の存在をとても誇りに思っている方多いと思うんですけれども、イチロー選手の生き様でファンの方々に伝えられたことや伝わっていたら嬉しいなと思うことはありますでしょうか。

【イチロー】「生き様」というのは僕にはよくわからないですけど、「生き方」という風に考えれば、まぁ先ほどもお話しましたけれど、人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。あくまでもハカリは自分の中にある。

それで自分なりにそのハカリを使いながら、自分の限界を見ながら、ちょっと超えていく、ということを繰り返していく。そうすると、いつの日か「こんな自分になっているんだ」っていう状態になって、だから少しずつの積み重ねが、それでしか自分を超えていけないという風に思うんですよね。

なんか一気に、一気になんか高みにいこうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて、それは続けられないと僕は考えているので、まぁ地道に進むしかない。

進むというか‥‥‥進むだけではないですね、後退もしながら、ある時は後退しかしない時期もあると思うので。でも、自分がやると決めたことを、まぁ信じてやっていく。

でもそれは正解とは限らない、ですよね。間違ったことを続けてしまっていることもあるんですけど、でもそうやって遠回りすることでしか、なんかホントの自分に出会えないというか、まぁそんな気がしているので、そうやって自分なりに重ねてきたことを、今日のあのゲーム後のファンの方の気持ちですよね。

それを見たときに、ひょっとしたらそんなところを見ていただいていたのかなという風に、それは嬉しかったです。まぁそうだとすればすごく嬉しいし、そうじゃなくても嬉しいです。あれは。

(記者)お疲れした。すごくシンプルな質問ですけど、現役選手を終えたら、一般的にはこの世界で監督になったり、指導者になったり、あるいはまったく違うタレントさん?みたいになったりすることがよくある‥‥‥

【イチロー】あまりシンプルじゃないっすね。

(記者)(苦笑)イチロー選手はさっきから動き回るという話はしてましたけど、何になるんですか?

【イチロー】何になるんだろうねぇ‥‥‥。いやそもそもなんかカタカナのイチローってどうなんですかね?いや、元カタカナのイチローみたいになるんですかね?

あれ‥‥‥どうなんだろ。どうなんだろうね、あれ。元イチローって変だよね、いや、イチローだし僕って、思うもんね。音はイチローだから。書く時どうなるんだろうね。どうしよっか‥‥‥。何になる‥‥‥。うーん‥‥‥。

でも監督絶対無理っすよ。これは絶対がつきますよ。うん。人望がない。ほんっとに。人望がないんすよ、僕。うん。

(記者)そうでもないと思いますけどね。

【イチロー】いやぁ‥‥‥無理っすね。それくらいの判断能力は備えているので。

ただどうでしょうね‥‥‥プロの選手とか、プロの世界というよりも、やっぱりアマチュアとプロの壁がどうしても、ね、日本の場合、特殊な形で存在してるので‥‥‥今日をもって、どうなんですかね?そういうルールって。どうなんだろうか。

今までこうやってややこしいじゃないですか。例えば、極端に言えば自分にまぁ、子供がいたとして、その高校生であるとすると教えられなかったりとかっていうルールですよね?確か。‥‥‥違います?違う?‥‥‥そうだよね。だから、そうなるとなんか変な感じ、じゃないですか。

だからまぁ、今日をもって‥‥‥元イチローになるので。それは小さな子供なのか、中学生なのか、高校生なのか、大学生なのか‥‥‥それはわからないですけど、そこには興味がありますね。うん。

(記者)イチロー選手、お疲れさまでした。あの、先ほど引退を決めた時期というのが、キャンプの終盤というお話があったんですけれども、そこに至る以前にも、例えばちょっと「引退」の二文字が浮かんで何度か悩んだ時期というのはあったんでしょうか。

【イチロー】引退というよりは、クビになるんじゃないかはいつもありましたね。ニューヨーク行ってからは、もう毎日そんな感じです。はい。

ニューヨーク、まぁマイアミもそうでしたけど、まぁニューヨークって、皆さんご存知かどうかわからないですけど、特殊な場所です。で、マイアミもまた違った意味で特殊な場所です。

だから、もう毎日そんなメンタリティーで過ごしていたんですね。で、そのクビになるときは、まさにその時だろう、という風に思っていたので、そんなのしょっちゅうありました。はい。

(記者)そういう時期がずっと続いている中で、今回その引退を決意された理由というのをズバリ伺いたいんですけれども。

【イチロー】マリナーズ以外には行く気持ちはなかった、ということは大きいですよね。去年シアトルに戻していただいて、もうほんとに嬉しかったし、まぁ先ほど、キャンプ前のオファーがある前の話をしましたけど、そのあと5月にゲームに出られなくなる、あの時もそのタイミングでもおかしくない、ですよね。

でもこの春に向けて、まだ可能性があるという風に伝えられていたので、そこも自分なりに頑張って来られた、ということだと思うんですけれども。

‥‥‥質問なんでしたっけ?

(記者)今回、今まで何度かその「引退」という気持ちがあったのにもかかわらず、続けてきたのに今回引退を決めた理由…ですね。

【イチロー】あ‥‥‥そっか。もう答えちゃったね。

(記者)あの今日の、すいません、8回でベンチに戻る際に、菊池選手が号泣されていて…

【イチロー】いや、号泣中の号泣でしたあいつ。いやもうびっくりしましたよ。いやそれ見てこっちは笑けましたけどね。

(記者)あの抱擁されていた時にどんな会話を交わさてたのか、知りたいなぁとあのシーンを見て思ったのですが‥‥‥

【イチロー】いや、それはプライベートなんで‥‥‥。雄星がそれをお伝えするのは構わないですけど、それは僕がお伝えすることではないですね。

(記者)秘密‥‥‥ということで‥‥‥

【イチロー】それはそうでしょう。だって二人の会話だから。しかも、僕から声をかけているので、それをここで僕が「こんなこと僕が言いました」って、もうバカですよね。絶対信頼されないもんね、そんな人間は。うん、それはダメです。

(記者)やっぱり9年間アメリカでプレイするという、今日は日本のファンで特別な日でしたけど、アメリカのファンの思い出やメッセージを伝えたいんですか?

【イチロー】え?疑問文ですか?

(記者)そうですね。なんかメッセージありますか?アメリカのファン。

【イチロー】19年ですよ?

(記者)あ‥‥‥19年ですね。日本は9年間。

【イチロー】いや、アメリカのファンの方々は、最初は厳しかったですよ。そらもう、2001年のキャンプなんかは、もう「日本に帰れ」ってしょっちゅう言われましたよ。

だけど、結果を残した後の敬意というのは、うーん‥‥‥これを評価するのかどうかわからないですけど、手の平を返すという言い方もできてしまうので。ただその、言葉ではなくて行動で示したときの、敬意の示し方っていうのは、その迫力はあるなって印象ですよね。

だから、うーん‥‥‥なかなか入れてもらえないんですけど、入れてもらった後、認めてもらった後はすごく近くなる、というような印象で、がっちり関係が出来上がる。シアトルのファンとはまぁ、それができたような‥‥‥それは僕の勝手な印象ですけど。

でまぁ、ニューヨークってのはまぁ、うーん‥‥‥厳しいところでしたね。でも、やればそれこそ、どこよりも、どのエリアの人たちよりも、熱い思いがある。でマイアミっていうのは、ラテンの文化が強い印象で‥‥‥その圧はそれほどないんですけれど、でも結果残さなかったら絶対に人は来てくれないっていう‥‥‥そんな場所でした。

それぞれに特色があって面白かったし、それぞれの場所で関係を築けたような、まぁ特徴がそれぞれありましたけど、アメリカは広いなぁという風な、あのファンの人たちの、こう‥‥‥特徴を見るだけで「アメリカはすごく広いなぁ」というような印象ですけど‥‥‥まぁでもやっぱり、最後にシアトルのユニフォームを着て、セーフコ・フィールドではなくなってしまいましたけれど、姿をお見せできなくて‥‥‥。それは申し訳ない思いがあります。

(記者)イチロー選手お疲れさまでした。先ほどニューヨークに行ってからですとか、マイアミに行ってから、常にクビになるんじゃないかみたいなお話を、意識されているというお話がありました。

イチロー選手というと、大変ユニークなTシャツがよく話題になると思うんですけれども、あの着ているTシャツで「もう限界」とか「もうマジ無理」とか、かなりユニークなTシャツ色々書いてあるじゃないですか。

あれっていうのはイチロー選手が何かその心情を表していたりだとか、何かそのアピールだとか、あるんでしょうか。それとも全く関係なく、好きで着ているのか‥‥‥

【イチロー】そこは‥‥‥もう言うと急に野暮ったくなるから、それは言わない方がいいんだよね。それはだから、見る側の解釈だから。

そう捉えればそう捉えることもできるし、全然関係ない可能性もあるし。それでいいんじゃないですか。

(記者)ファンにそこはもう、好きに楽しんでいただいて‥‥‥

【イチロー】だってそういうモノでしょ。いちいちそれ説明するってほんと野暮ったいもんね。

(記者)言わない方が粋だと‥‥‥

【イチロー】ま、粋って自分で言えないけどね。言うと無粋であることは間違いないでしょうね。

(記者)イチローさんはあのよく「24時間野球のために使ってきた」と、ご自身でおっしゃいますけれども、そのイチローさんを支えてきたのはやはり弓子夫人だと思います。

こんだけたくさんの方がいる中で、イチローさんを支え続けた弓子さんへの言葉を聞くのは、ちょっと野暮かなぁとは思いますが、あえて今日は聞かしていただきたいんですけど‥‥‥

【イチロー】いやぁ~‥‥‥うーん‥‥‥頑張ってくれましたね。一番頑張ってくれたと思います。

僕アメリカで、結局3,089本のヒットを打ったわけですけど‥‥‥妻はですね、およそ‥‥‥僕ゲーム前にホームの時はおにぎりを、食べるんですね。ま、妻が握ってくれたおにぎりを、まぁ球場に持って行って食べるわけですけど。その数がですね、2,800ぐらいだったんすよ。ま、3,000行きたかったみたいですね。そこは‥‥‥うん。3,000個握らせてあげたかったな、という風に思います。

ま、妻もそうですけど‥‥‥とにかく頑張ってくれました。これは、僕はゆっくりする気ないですけど、妻にはゆっくりしてもらいたいという風に思っています。

ま、それと一弓ですね。一弓というのは、ご存じない方もいらっしゃると思いますけど、我が家の愛犬ですね、柴犬なんですけれども。現在17歳と、何か月だ‥‥‥7ヵ月。今年で18歳になろうかという柴犬なんですけれども。

さすがにですね、おじいちゃんになってきて毎日フラフラなんですけど、懸命に生きてるんですよね。その姿を見てたら‥‥‥それは「俺頑張らなきゃな」って。これはもうジョークとかではなく、ほんとに思いました。あの懸命に生きる姿。うん。

2001年に生まれて、2002年に我が家に、シアトルの我が家にきたんですけど、まさか最後まで一緒に、僕が現役を終える時まで、一緒に過ごせるとは思っていなかったので、これは大変感慨深いですね。一弓の姿というのは‥‥‥。

まぁほんと、妻と一弓には‥‥‥もう感謝の思いしかないですね。

(記者)イチロー選手、ありがとうございます。3月の終盤に引退を決められたということですが、あの‥‥‥素人が技術のことを質問するのは、大変恐縮なんですが、あの‥‥‥打席内での感覚の変化っていうのは、今年は何かあったんでしょうか?

【イチロー】いる?それ、ここで‥‥‥いる?裏で話そう、あとで。裏で。

(記者)今までありがとうございました。あの‥‥‥これまでイチロー選手は数多くの決断と戦ってきたと思います。例えば ’00年 オフのポスティングでの移籍ですとか、 ’06年 のWBC参加、 ’07年 オフのマリナーズとの契約延長、そして例えば今回 ’12年 のニューヨークのトレード移籍もそうかもしれないんですけど、その中で今まで一番考え抜いて決断したモノっていうのは何だったんでしょうか。

【イチロー】うーん‥‥‥これ順番つけられないですね。それぞれが一番だと思います。うん。

ただまあアメリカに‥‥‥で、プレイするために当時、今とは違う形のポスティングシステムだったんですけど、自分の思いだけでは、当然それは、叶わないので。当然球団からの了承がないと、行けなかった‥‥‥ま、行けないんですね。

じゃあその時に、誰を‥‥‥こちら側、こちら側っていうとなんか敵味方みたいでおかしいんですけど‥‥‥球団にいる誰かを、口説かないといけないというか、説得しないといけないというか‥‥‥。

その時に、一番に浮かんだのが、仰木監督ですね。でその何年か前から、アメリカでプレイしたいという思いは伝えていたこともあったんですけれど、なんか仰木監督だったらおいしいご飯で、お酒を呑ませたら‥‥‥呑ませたらってこれは敢えて言ってますけど、これはうまくいくんじゃないかと思ったら、まんまとうまくいって。

これは‥‥‥これがなかったら、なんにも始まらなかったので。その口説く相手に仰木監督を選んだのは、大きかったなぁという風に思いますね。でまた、「ダメだ、ダメだ」って仰っていたものが、お酒でこんなに変わってくれるんだって思って、お酒の力をまざまざと見ましたし、でもやっぱり洒落た人だったなぁという風に思いますね。

だから仰木監督から学んだもの、うん。計り知れないと思います。

(記者)ちなみに会見を開いた日が、第1回WBCで日本が優勝した日だったんですけれども、それはなにか‥‥‥

【イチロー】ん?会見というのはどの会見ですか?

(記者)今回の会見を決断したというか、発表があった‥‥‥昨日の試合、昨日の試合ですね。第1回WBCで日本が優勝した日と同じだったんですけれども、それは何か運命的なモノがあったりするのかなって勝手に思っちゃったんですけど‥‥‥

【イチロー】聞かされればそう思うこともできる、という程度ですかね。僕はそのことは知らなかったですけど。

(記者)お疲れさまでした。イチロー選手が現役時代一番我慢したもの、我慢したこと。何だったんでしょうか。

【イチロー】うーん‥‥‥。難しい質問だなぁ‥‥‥。

僕、我慢できない人なんですよ。我慢が苦手で、楽なこと楽なことを重ねてるっていう感じなんですね。自分ができること、まぁやりたいことを重ねているので、我慢の感覚はないんですけど。

だからもう、とにかく体を動かしたくてしょうがないので、体を‥‥‥こんなに動かしちゃダメだって言って、その体を動かすことを我慢するということはたくさんありました。

それ以外はなるべくストレスがないような、ま、自分にとってですね。ストレスがないように、という風に考えて、行動してきたつもりなので、家では妻が料理をいろいろ考えて作ってくれますけど、ロードに出ると何でもいいわけですよね。

そりゃもう無茶苦茶ですよ。ロードの食生活なんて。うん。だからもう我慢できないから、結局そういうことになってしまうんですけど‥‥‥だからそんな感じなんです。今聞かれたような主旨の我慢は、思い当たらないですね。

‥‥‥おかしなこと言ってます?僕?

(記者)お疲れ様でした。台湾ではイチローさんのファンがいっぱいいまして、何か、あの台湾の皆様に伝えたいことがありませんか?例えば「台湾に行きたい」という言葉はありませんか?

【イチロー】チェンが元気か知りたいですね。チェン、チームメイトでしたから。チェンは元気にやってますかね?‥‥‥そうですか。ああもう、それが聞けて何よりです。

(記者)台湾にいらっしゃることがありますか?

【イチロー】今のところ予定はないですけれども、ありがとうございます。

でも以前には行ったことあるんですよ。はい。一度行って、すごく優しい印象でしたね。あの、心が優しい。優しくて、なんかいいなあと思いました。はい。ありがとうございます。

(記者)イチロー選手お疲れさまでした。今年菊池雄星投手が同じマリナーズに入って、去年はエンゼルスに大谷翔平選手が入りました。今イチロー選手が後輩たちに託したいものとか、託すものってありますか?

【イチロー】うーん‥‥‥まあ雄星のデビューの日に、僕はこの日を迎えた、引退を迎えたというのはなんかいいなぁという風に思っていて。

もう「ちゃんとやれよ」っていう思い、ですね。あの‥‥‥うーん。短い時間でしたけれども、すごくいい子で。やっぱりね、あの、いろーんな選手を見てきたんですけど、左ピッチャーの先発って、変わってる子が多いっすよ。ほんっとに。天才肌が多い、という言い方もできるんですかねぇ‥‥‥。アメリカでもまぁ、まぁ多いです。だから、こんなにいい子いるのかなっていう感じですよ、ここまで。今日まで。

でも、キャンプ地から日本に飛行機で移動してくるわけですけど、チームはそのドレスコードですね、服装のあのルールが。黒のセットアップ、ジャージのセットアップでOK、まぁ長旅なので出来るだけ、ま楽にという配慮ですけど。

「雄星、俺たちどうする?」ってそのアリゾナを発つときはいいんですけど、日本に着いたときに「さすがにジャージはダメだろ」って、二人で話してたんですね。「そうですよね、イチローさんどうするんですか?」僕は「中はTシャツだけど、セットアップで一応ジャケット着てるようにしようかな」「じゃあ僕もそうします」って雄星が言うんですよ。

で、キャンプ地を発つときのバスの中で、みんなやっぱ、僕もそうでしたけど黒のジャージのセットアップで、みんなバスに乗り込んできて、雄星と近かったので、席が。「いや雄星これやっぱだめだよな」って。「日本に着いた時に、これはメジャーリーガーこれダメだろ。」って、バスの中でも言ってたんですよね。「いや、そうですよね。」って。

言ったらまさかのあいつ羽田着いた時に黒のジャージでしたからね。「いや、こいつ大物だな!」って思って。いやぶったまげました。それは、本人にまだ聞いてないんですけど。その真相は。何があったのかわからないですけど、やっぱ左ピッチャーは変わった奴が多いなって思ったんですね。そのスケール感は出てました。頑張って欲しいです。

翔平は、ちゃんともうケガ治して、スケールの‥‥‥物理的にも、ね、大きいわけですし。アメリカの選手に全く、サイズ的にも劣らない。で、あのサイズであの機敏な動きができるっていうのは、いないですからねぇ。それだけで。いやもう、世界一の選手に、もうならなきゃいけないですよ。うん。

(記者)引退おめでとうございます。えっと‥‥‥「野球への愛を貫いてきた」というお話でしたけれども、その野球の魅力、イチロー選手が感じている野球の魅力というのはどんなところでしょうか?

それと、イチロー選手が引退して非常に悲しんでいるファンの方々が、これから今年以降ですね、イチロー選手が出ない野球を楽しむ上で、メジャーリーグとかプロ野球、どんなところを楽しんだらいいか。イチロー選手からお願いします。

【イチロー】最初なんでしたっけ。

(記者)えっと‥‥‥愛を貫いてきたその野球の魅力です。

【イチロー】あ、野球の魅力ね。うーん‥‥‥ま、団体競技なんですけど、個人競技だっていうところですかね。これが野球の面白いところだと思います。

チームが勝てば、それでいいかっていうと全然そんなことないですよね。個人としても、結果を残さないと、こう‥‥‥うーん‥‥‥まぁ生きていくことは出来ない、ですよね。

本来はチームとして勝っていれば、チームとしてのクオリティは高いはずなので、それでいいんじゃないかっていう考え方もできると思うんですけど、決してそうではない。その厳しさが面白いところかなという風に、面白いというか、まぁ魅力であることは間違いないですね。

あとやっぱ、同じ瞬間がないということ。必ず、必ずどの瞬間も違うということ、これは飽きがこないですよね。

2つ目は‥‥‥どうやって楽しんだらいいか‥‥‥っすか。うーん‥‥‥。まぁ2001年に、僕はアメリカに来てから、この2019年現在の野球は全く違う野球になりました。まぁ頭を使わなくても、できてしまう野球、になりつつあるような‥‥‥。

選手はみんな、現場にいる人たちはみんな感じていることだと思うんですけど、これがどうやって変化していくのか。次の5年、10年。しばらくはこの流れは止まらないと思うんですけど、まぁ本来は野球というのは、うーん‥‥‥いやダメだな、これいうとなんか問題になりそうだな‥‥‥問題になりそうだな‥‥‥。うーん。頭を使わなきゃできない競技なんですよ、本来は。でもそうじゃなくなってきているのが、どうも気持ち悪くて。

ベースボール、まぁ野球の発祥はアメリカですから、その野球がそうなってきている、ということに、こう危機感を持っている人って、結構いると思うんですよね。だから、日本の野球がアメリカの野球にこう追従する必要なんて全くなくて。やっぱり日本の野球は頭を使う、面白い野球であって欲しいな、という風に思います。

アメリカのこの流れは止まらないので。せめてやっぱり日本の野球は決して変わってはいけないこと、大切にしなくてはいけないものを大切にしてほしいなという風に思います。

(記者)19年間現役、お疲れ様でした。3,089本のヒットを打たれたメジャーリーグの試合、今日まで2,653試合、プレイされていらっしゃいました。

偶然だと思うんですけれども、一番最初のゲーム、セイフコでのオークランド・アスレチック戦でした。今日も何かの縁かわからないですけど、アスレチックス戦でした。

最初バートロ・コロンと対戦した時に、3打席打ち取られて、4打席目にセンター前に鮮やかな1本目のヒット、抜けていったことを‥‥‥

【イチロー】ん?誰って言いました?

(記者)コロン。

【イチロー】コロンはインディアンスで。ハドソンですね。

(記者)ティム・ハドソンでしたね。失礼しました。ティムのボールを、ティム・ハドソンから打ち取られて、4打席目に最初のヒットがセンター前に抜けていきました。今日、最後の試合、結果的になりましたけれども、最初の3度のバットが凡退で、4度目のネクストサークルの時にひょっとしたらオープニングゲームのことがよぎったんじゃないかな、なんてことを見てる私は勝手に想像したんですけれども。

なにか、1年目のゲームとか、オープニングゲームのこととか思い出したこととかあったんでしょうか。

【イチロー】あの、長い質問に対して大変失礼なんですけれども、ないですね。

(記者)イチロー選手、ほんとにお疲れ様でした。子供のころからの夢であるプロ野球選手になる、というその夢を叶えて、これだけ成功なさって、イチローさんは今何を得たと思ってらっしゃいますか。

【イチロー】ま、成功かどうかってよくわからないですよね。じゃあどっからが成功でそうじゃないのかっていうのは、まったく僕にはそれは、判断できない。まぁ成功という言葉、だから僕は嫌いなんですけど。

うーん‥‥‥。メジャーリーグに挑戦する、どの世界でもそうですね、新しい世界に挑戦するということは、大変な勇気だと思うんですけど。でも、成功‥‥‥ここは敢えて、成功と表現しますけど、成功すると思うからやってみたい。それができないと思うから行かない。という判断基準では、後悔を生むだろうなという風に思います。

やりたいならやってみればいい。出来ると思うからいく、挑戦するのではなくて、やりたいと思えば、挑戦すればいい。その時に、どんな結果が出ようとも後悔はないと思うんですよね。

じゃあ自分なりの成功を勝ち取ったところで、じゃあ達成感があるのかっていったら、それも疑問が‥‥‥僕には疑問なので。基本的にはやりたいと思ったことに向かって、いきたいですよね。

(記者)何を得たか、ということですね。今まで。

【イチロー】うーん‥‥‥。ま、こんなものかなっていう感覚ですかね。うん。いや、それは200本もっと打ちたかったし、できると思ったし、1年目にチームは116勝して、その次の2年間も93勝して、いや「勝つのってそんなに難しいことじゃないな」って、その3年は思ってたんですけど‥‥‥大変なことです。勝利するのは。

この感覚を得たことは、大きいかもしれないですね。

(記者)長い間、お疲れ様でした。あの、まぁメジャーでの年数も長かったんですけど、それ以前として毎年自主トレで神戸に行かれてますし、何かそのユニフォームを脱がれることで神戸に何か恩返ししたいな、とかそういうお気持ちというのはいかがでしょうか。教えて下さい。

【イチロー】ま、神戸は特別な街です。僕にとって。

恩返しかぁ‥‥‥。恩返しって何することなんすかねぇ‥‥‥。ま、僕が選手として続けることでしかなんかそれはできないんじゃないかなという風に考えていたこともあって、できるだけ長く、それは現役を続けたいと思っていたこともあるんですね。

神戸に、恩返し‥‥‥うーん‥‥‥。じゃ、まぁ税金を少しでも払えるように頑張ります。はい。

(記者)お疲れ様でした。日米で活躍される選手は、今までもまず甲子園に出て、活躍をしてプロ野球に入って活躍をして、そしてメジャーに挑戦という流れがあると思うんですけれども、ご自身の経験を振り返って、もっとこんな制度であればメジャーに挑戦しやすかった、もしくは日本のプロ野球に残ってもっとやりたかったっていう‥‥‥もしもの話なんですけど、育成制度とかもあわせて、こういうことがあればいいなっていう提言をいただきたいんですけれども。

【イチロー】制度に関しては、僕、詳しくないんですけれども。でも日本で基礎を作る。自分が将来、MLBでプレイする‥‥‥聞いてらっしゃいます?‥‥‥MLBで将来活躍するための礎を作るという風な考え方を、であれば、そのまぁ出来るだけ早く、というのは分かりますけど、でもまぁ日本の野球で鍛えられることってたくさんあるんですよね。

だから制度だけに目を向けるっていうのは、フェアじゃないかなぁという風に思いますけどもね。

(記者)特にその日本の野球で鍛えられたことっていうのは、ご本人の中ではどんなものでしたか?

【イチロー】いやそれは、基本的なその基礎の動きって恐らくメジャーリーグの選手より、どうですかね‥‥‥日本だったら中学生レベルの方が、上手い可能性だってありますよ。うん。それは、こうチームとしての連携もあるじゃないですか。そんなの言わなくたってできますからね、日本の野球では。

でもこちらでは、なかなかそこは‥‥‥個人としてのポテンシャルは高いですけど、運動能力は高いですけど‥‥‥そこにはかなり苦しみましたよ。苦しんで、諦めましたよ。

(記者)個人的にあのエンゼルスの大谷翔平選手とのですね、対戦を楽しみにしてたんですがそれがちょっとまぁ、叶わなくなったということで、イチローさん本人としてはやはり、今も大谷投手と対戦したかったという思いはありますでしょうか。

あと、大谷選手の今後に、メジャーリーガーとしての今後に期待することあれば、一言伺いたいんですが‥‥‥。

【イチロー】先ほどもお伝えしましたけれど、世界一の選手にならなきゃいけない選手ですよ。そう考えています。翔平との対戦、残念ですけど、出来れば僕はピッチャーで、翔平バッターがやりたかったんすよ。そこは誤解なきようにお願いします。

(記者)今後、大谷選手どのようなメジャーリーガーになっていくと思いますか?

【イチロー】なっていくかどうか‥‥‥そこは占い師に聞いてもらわないと、わからないけどねぇ‥‥‥まぁでも、投げることも打つことも、やるのであれば、僕はワンシーズンごとに、ワンシーズンピッチャー、次のシーズンは打者として、それでサイヤングとホームラン王とったら‥‥‥そんなこと、だって考えることすらできないですよ。

でも翔平はそれを、その想像をさせるじゃないですか、人に。この時点でもう、明らかにその、人とは違う。明らかに違う選手であると思うんですけど。その二刀流は面白いな、と思うんですよね。納得いってない感じの表情ですけど‥‥‥。ピッチャーとして20勝するシーズンがあって、その翌年には50本打って、MVPとったらもうバケモンすよね。でも、それは想像できなくないですからね。そんな風に思ってます。

(記者)あるアスリートの方に伺ったのですが、その方が「自分が現役選手でなくなったことを想像するとイヤだ」とイチローさんに仰って、イチローさんも「自分も同じだ」と、「自分も野球選手じゃなくなった自分が想像できない。イヤだ」と仰ったと伺いましたが‥‥‥

【イチロー】いや僕、「イヤだ」って言わないと思うけどね。僕、「野球選手じゃない僕を想像するのイヤだ」って多分言ってないと思いますよ。うん。

(記者)‥‥‥じゃあ改めて、野球選手じゃない自分というのを想像していかがですか?

【イチロー】いやだから、違う野球選手になってますよ。うん。あれ、この話さっきしましたよね?ちょっとお腹減ってきて集中力が‥‥‥切れてきちゃって、何話したのか‥‥‥記憶に‥‥‥。あれ、草野球の話しましたよね?しましたね?

(記者)はい。

【イチロー】だからそっちで‥‥‥いずれまぁそれは楽しくてやってると思うんですけど。そうするときっと、草野球を極めたいと思うんでしょうね。だから真剣に草野球をやるっていう、野球選手になるんじゃないですか。結局。‥‥‥聞いてます?

(記者)ありがとうございました。

【イチロー】お腹減ってきた。も~!え、結構やってないですか、これ。え、今時間どれくらい?1時間?20分?あっら~~~。いやもう、今日はとことんお付き合いしようかなと思ったんすけどね。‥‥‥お腹減ってきちゃった。

(記者)お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。あの、プロ野球人生振り返って、一番‥‥‥誇れること、普段あまりそういうことを語られるのは好きではないと思うんですけれども、あえてこの場でお聞きしたいんですが、誇れること、なんですか?

【イチロー】これ先ほど‥‥‥お話しましたね。ちょっと集中力切れてんじゃないの?

(記者)すみません‥‥‥

【イチロー】完全にその話したよね。ほら、それで一問減ってしまうんだから。

(記者)あぁ、ごめんなさい‥‥‥。

(記者)イチロー選手、お疲れ様です。遅い時間までありがとうございます。

イチロー選手の小学生時代の卒業文集は有名だと思います。「僕の夢は一流のプロ野球選手になることです」という言葉から始まると思います。それを書いた当時の自分に、今、今日この日を迎えたイチロー選手はどんな言葉をかけたいですか。

【イチロー】「いや、お前契約金一億ももらえないよ」って。ですね。いやぁ‥‥‥夢を大きくといいますけどね、なかなか難しいですよ。

「ドラ1の一億」って掲げましたけど、遠く及ばなかったですから。いやぁ‥‥‥ある意味では挫折ですよね。うん。

こんな終わり方でいいのかな?なんか、キュッとしたいよね、最後は。

(記者)イチロー選手、お疲れ様でした。昨年マリナーズに戻りましたけれども、その前のマリナーズ時代何度か「自分は孤独を感じながらプレイをしている」ということをおっしゃってましたけど、ヤンキースに移られ、それからマーリンズに移られ、えープレイするまぁ役割っていうのが変わってきました。

それから去年、ああいう状態になって今年引退ということになりますけれども、その孤独感というのはずっと感じながらプレイしていたんでしょうか?それとも、前の孤独感とは違ったものが、あった。その辺はどうなんでしょう?

【イチロー】現在それは全くないです。今日の段階で、それは全くないです。まぁそれとは少し違うかもしれないですけど、アメリカに来て、メジャーリーグに来て‥‥‥外国人になったこと、アメリカでは僕は外国人ですから。

このことは、外国人になったことで、人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。

この体験というのは‥‥‥まぁ本を読んだり、情報をとることは出来たとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので、孤独を感じて、苦しんだこと、多々ありました。ありましたけど、その体験は、未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと、今は思います。

だから、つらいこと、しんどいことから逃げたいと思うのは、当然のことなんですけど。でも、エネルギーのある元気な時に、それに立ち向かって行く、そのことはすごく、人として重要なことなんではないかなという風に感じています。

締まったね、最後。いやぁ‥‥‥長い時間ありがとうございました。眠いでしょ?皆さんも。

じゃそろそろ帰りますかね!

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この引退会見で感じたことは‥‥‥

みなさん、どうでしたか?

トレーダーとして何を感じましたか?

私が共感したところは赤字で表示した部分なんですよね。

まぁ、「野球のことを愛したこと」だと思います。これは変わることはなかったですね。

・だからそこからはね、もう純粋に楽しいなんていうことは、もちろんやりがいがあって、達成感を味わうこと、満足感を味わうことはたくさんありました。ただじゃあ、楽しいかっていうとそれとは違うんですよね。

・なんか一気に、一気になんか高みにいこうとすると、今の自分の状態とギャップがありすぎて、それは続けられないと僕は考えているので、まぁ地道に進むしかない。

・僕、我慢できない人なんですよ。我慢が苦手で、楽なこと楽なことを重ねてるっていう感じなんですね。自分ができること、まぁやりたいことを重ねているので、我慢の感覚はないんですけど。

・この体験というのは‥‥‥まぁ本を読んだり、情報をとることは出来たとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので、孤独を感じて、苦しんだこと、多々ありました。ありましたけど、その体験は、未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと、今は思います。

だから、つらいこと、しんどいことから逃げたいと思うのは、当然のことなんですけど。でも、エネルギーのある元気な時に、それに立ち向かって行く、そのことはすごく、人として重要なことなんではないかなという風に感じています。

これらの部分ってトレーダーの皆さんの心の琴線にも触れると思うんですけど、いかがでしょうかね?

私が一番印象的だったのは、

・まぁ、「野球のことを愛したこと」だと思います。これは変わることはなかったですね。

なんですよね。このフレーズを聞いた時にはとてもドキッとしていろいろ考えてしまいました。

今の仕事とトレードを比べた時、やっぱり自分はトレードが好きだし、相場を愛していると言えるなって思ってしまいました。それと同時に、嫌な仕事をこれ以上続けることは、この上ないストレスだとも考えてしまいました。

人前で相場を愛しているなんて恥ずかしくて言えないんですけどね。

今の自分にとって相場というかトレードは無くてはならない存在なんです。大袈裟ですけど、それくらいの存在なんですよ。

こんな存在は他に見当たらないです。相場と出会えたことに感謝しなければいけません。

今後も感謝の気持ちを持ち続けて相場に臨みたいと思います。

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